
船上(ふなげ)城跡は明石川河口の西岸にあり、住宅地と田畑に囲まれた小さな丘の上にある。
10m未満四方の小さな丘の上に古城稲荷社の祠が祀られている。
城趾の説明が書かれた案内板と「正一位 古城大明神」の赤い鳥居がある。通称、明石城、明石古城、林の城は、城郭構造が平城、水城。遺構が本丸跡、水堀、土塁、長屋門がある。天守構造は三重の小天守と推定されており、城門、塀、港を備えた海岸に近い城下町を形成した城だったといわれている。
明石城外壁の南西端付近にある長屋門は明治の廃藩置県まで歴代家老・重臣として仕えた船上城より移築されたといわれる唯一の遺構織田家武家屋敷で、明石市の指定文化財となっている。
以下 『ウィキペディア(Wikipedia)より
この城の築城については二説ある。別所吉親が林ノ城として築いた城と、高山右近が船上城として築城した城とがある。林ノ城が一旦廃城となり、その後高山右近が新たに築城しなおしたのではないかと考えられている。

雑木林の小さな塚

鳥居と祠

城趾の説明が書かれた案内板
| 名称 | 船上城跡・古城大明神(明石古城) | フリガナ | フナゲジョウアト |
| 住所 | 〒674- 兵庫県明石市船上町 |